「私をくいとめて」:のんさんインタビュー“31歳おひとりさま女子”を演じて

31歳、おひとりさまの日常と恋愛模様をテンポよく描き出す映画『私をくいとめて』。その主人公・みつ子を演じるのが、Omiaiアンバサダーでもある、のんさんです。このインタビューでは、作品の魅力はもちろん、のんさん自身についても伺いながら、自分以外の存在について思うことや自分を肯定することの大切さを語っていただきました。


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ーーまず、今回演じたみつ子に共感した部分はありましたか?

一番共感したのは、自分の心の中でひとりになった瞬間は浮かれたり、思い切り落ち込んだりするのに、誰かと対峙したときは平気なふりをするところですね。
スカしているというか。そこはすごく共感する部分でした。

私にもそういうところがあって。浮かれているところをあまり見られたくないというか、見られないようにしているというか。いつも一緒にいるスタッフのような親しい間柄の人たちには開放的なんですけど。そこはみつ子と違いますね。

ーー共感した部分は、みつ子を演じていくための手がかりになりましたか?

「ここはわかるな」と思ったところはすごく共感できたので演じやすかったです。なので、みつ子は私自身から引き出せた部分もあると思います。

ーー原作と台本を交互に読んでいたそうですが、その理由は?

みつ子の痛みを探していました。その痛みが自分の気持ちをはばんで、恋をしても思うように飛び込めなくなっていると思ったんですよね。

ーー「みつ子の痛み」は見つかりましたか?

はい。例えば、みつ子は上司の澤田さんみたいに人から慕われる存在になりたいんだけど、実際はそこまで思われていない。

原作では実家に帰るシーンがあって、そこには結婚して子どものいる妹がいます。その子どもが駆け回っている実家で、みつ子はだダラッと寝ている。でも、お母さんは何も言いません。
もしかしたら、最初は「結婚しなさい」と言われた時期があったのかもしれないけれど、期待されなくなっているというか。みつ子は、自分が望んでいるような期待をされていないのかなと、それがみつ子の痛みだと思いました。

ーーそんなみつ子の脳内相談役“A”は、どんな存在だと思っていましたか?

みつ子のことを何でもわかってくれる“A”は、SiriやAIのような存在だと想像していました。でも、“A”は誰でもないみつ子自身なんですよね。
だから、本当にみつ子のことを全部わかった上でやさしく理解をしてくれるところもありつつ、厳しめのアドバイスもします。ただ、失敗することもあって本当に信頼のできる人間臭い存在です。私もすごく欲しくなってしまいました。

ーーもし、“A”が実在するなら、どんなキャラクターがいいですか?

みつ子と“A”の関係でリンクしたのが、ベネディクト・カンバーバッチの『SHERLOCK(シャーロック)』。推理を話し始めたシャーロックにワトソンが口を挟むと、「しゃべらなくていい。私はしゃべりながら自分の頭を整理しているんだ」と言うシーンが浮かんできました。

確信を持つために話したり、話しながら発想したりするのは、相手がいるからこそできると思うんです。シャーロックもワトソンがいるから、推理を整理できる。“A”はそういう相棒的な存在でもあるんだなと思ったので、私はワトソンのようなキャラクターがいいですね。

ーー今、みつ子のように相談したいときは、どうしているんですか?

自分の中にも“A”のような相談役がいるのかなと想像したんですけど、いつも一緒に仕事をしているスタッフがそういう存在です。
どんな話でも聞いてくれて相談できるので、私は“A”を作らずに済んでいます。

ーー“A”との芝居はどんな感覚でしたか?

監督には、「“A”は脳内の声。すべてみつ子の独り言という感覚で」と言われました。
“A”と目を合わせることもないし、行動しながら頭に浮かぶことを口に出している感覚なのかなと思っていましたね。

現場では事前に収録された“A”の声を聞きながらの二人芝居という感覚だったので、あまり抵抗はなかったです。
付け加えれば、音声さんが“A”の声をタイミングよく出していたので、3人がかりで一人芝居をしているような感じもしましたね(笑)。

ーー難しいと思ったシーンはありましたか?

“A”の言葉から見える感情を大事にしながら演じていたんですけど、デートに行く服を選ぶために買い物をするシーンは難しかったです。
頭にみつ子が残っていて、体は“A”に乗っ取られているような芝居だったので、頭と体が別というのは、結構手こずりました。

ーー“A”の声は男性ですが、どんなふうに解釈していましたか?

みつ子はみつ子自身、そのままを受け入れられないんです。しかし、みつ子の女性的な部分ではなく、男性的な部分は扱いやすかったのかなと。なので、自分の話にずっと反応してくれる存在として、男性の声で話す“A”が作り出されたんだと思います。

ーーところで、のんさんにとっていい芝居とはどういうものですか?

演じる役は作品の一部なので、観る人たちにその世界の中の人として信じてもらえることかなと思います。しかし、それは第一関門です。
そこから先のものでどれだけ感動をさせられるか、どれだけ観た人の気持ちを動かすことができるのかが大事だと思っています。

ーーかなり高いハードルのようですが。

だから、「もっとできたと思ったのに」とガッカリしてしまうことがたくさんあって、よく落ち込みます。きっと理想が高いんですね。自分なんか足元にもおよばない方たちに囲まれて撮影した経験があるので、求めているハードルが高くなっているんだと思います。
そこに行きたいんです。その方たちと私は積み重ねているものが全然違うのに。一足飛びで行けるわけがないんですけど、「もっともっと」と欲張りになってしまいます。

ーーそのハードルを飛び越えるのは、時間がかかりそうですね。

「これから新しい作品が始まる」というときは、何でもできる無敵な気分なんです。そんな気分のはずなのに、毎回「もうちょっとできたなあ」って考えてしまいます。それをある大先輩に話したら、「満足できないから続けられる」と言われました。その言葉を聞いて、「一生、この思いを持って芝居をするんだ!」と覚悟が決まりました。

ーー『私をくいとめて』をどんな人たちに観てもらいたいですか?

みつ子的な部分を持った人はたくさんいるんじゃないかなと思います。この映画では、それを全部さらけ出しています。みつ子のいいところ、ダメなところ、ズルいところなど全て。
ちょっとニュアンスが違ったら、「鬱陶しいかも、この人」と思われそうですが、やわらかく楽しく描かれているので、自分のそういうところを肯定できるし、愛おしく思えるはずです。

なので、全国のみつ子さん、みつ夫さんに観ていただいて、自分を全肯定してほしいと思います。
みつ子さんやみつ夫さんじゃない友達や家族には「これが私のトリセツです!」と言って、劇場に連れていってみてくださいね。

ーー今、出会いを求めていたり、恋愛をしたい人たちの背中を押す作品ともいえますか?

「私をくいとめて」と出会って世の中の幸せは多様化している、そのように感じました。みつ子のように、初対面の人や自分が意識している人と対面するときに、すごくエネルギーを使って余計なことまで考えてしまったり、一歩踏み出せなかったりする人もいると思うのですが、そういった人たちが一歩を踏み出すきっかけって、今の時代にはたくさんあると思っています。

「私をくいとめて」は、世の中にいるみつ子さんみつおさんの背中を押してくれるような作品になっています。
ぜひ、楽しんでください!